過保護な親は子どもをダメにする!に反論、過干渉との違い

過保護な親は子どもをダメにする!に反論、過干渉との違い

『一人っ子は過保護な親に育てられているからわがまま』とか『過保護に甘やかされて育った』など過保護は『悪い』代名詞のように使われます。が本当に過保護っていけないことなのでしょうか?私にはこういうときに使われる『過保護』が『過干渉』と混同されているような気がして仕方がありません。

確かに何でも子供の言いなりになる、という甘やかしには反対ですが手をかけて愛情かけて向き合って育てたら我慢もできる子になる、お母さんの言うこともちゃんと聞き分けてくれる子になる、そもそも小さな子どもたちって時々わがまま言って親の愛情を確かめてみたりもするけれど本当はお母さんのことが大好きだから困らせるようなこと、聞き分けのないことって言わないもの、ちゃんと話して聞かせたらわかってくれるもの。

そう思っていたところそれを裏付けてくれる本に出合いました。3人子育てをした身として全面的に賛成なので自分の意見も取り入れながらご紹介していきます。



 

過保護な親は子どもをダメにする!
に反論、過干渉との違い

 

子供は自分の言うことをよく聞いてくれた人の言うことを聞くんです


「わがままで困る」という場合は子どものことに耳を傾けていないことが多いのです。だからこそ、お母さんは子どもの言うことを、もっと聞いてあげることから始めてください。
子どもが望む本を読んであげて、望むオヤツを用意してあげる。そんな風に心がけていればいるほど、今度は子どものほうが、親のことをよく聞く子になります。本当です。
 はい、これホントです。もしも違うと思うのならそれは親の都合で子育てしているからでは?
過保護で、甘やかしすぎたら子供がダメになるなんてことはありません。それに子どもの望みに十分すぎるほど応えてあげられる過保護なお母さんは滅多にいるものではありません。ただし、子どもが望んでもいないことを先回りしてやってしまうお母さんはたくさんいます。これは、過保護ではなく過干渉です。過干渉は、子どもの言うことを聞いていないという点では「~しなさい」と命令ばかりしているのと同じです。子どもを無視している放任とも同じです。
 「だめ、いけません」と禁止ばかりしているもの同じです。命令と禁止を無くし、子どもの話はたとえそれに応えられなくてもおかしなことを言っていてもほほえみながら受け止めてあげればこちらの言うことも聞いてくれます。 引用部分 子育てでいちばん大切なこと 著 佐々木正美(児童精神科医)

 

甘やかしは過保護?


佐々木先生によると

過保護とは子どもが望んでいることをやってあげすぎること。子どもが望んでもいないことをやったり、命令ばかり下しているのは過干渉。無関心なのは放任。望みを無視している過干渉と放任は、子どもをわがままにします。

とあります。保護は守ること、ならば過保護は過度に守ること。そして過干渉は先生が言われるように望んでもいないことをやるのはもちろんのこと、子どもが自分でできることも親が先に手を出しやってしまうことではないでしょうか。

ここで疑問に思うのが果たして甘やかすことは過保護なのか?ということです。甘えさせると甘やかすは違うと言われています。子どもは充分に甘えさせて育てると満足するので自立は早い、甘やかして育てると遅くなる。甘えさせるというのは子どもが望むことをやってあげる、ひとりではできないことをやってあげるということですが甘やかすは子どもが自分でできることも親がいいなりになってやってあげること。

たとえばお菓子やおもちゃを買って欲しいけど我慢する、というのは子どもにはできることなんですよ。できることなのに親が先に買ってあげる、これは過干渉だと思うのですがいかがでしょう。

 

過保護にならざるを得ないときもあるものの・・・


県の防災・防犯登録をしています、何かの時にはメールが届くのですが毎日のように届きます。一番多いのはお年寄りの行方不明ですが次に多いのが不審者情報です。しかし、本当に不審者なのか疑われるものも多くあります。

どこどこの〇〇さんが知らない人に話しかけられた、特徴は~と届くのです。これでは知らない子どもに話しかける大人は皆不審者になってしまい、なんだかおかしい。知らない人に話しかけられたら警察に、と親に教わっているのでしょうか。

小さなうちから携帯を持たせたり送り迎えをしたり…現代ではそれもやむを得ないのかもしれませんが、それと同時に自分の身を守ることも教えてほしいですね。防犯ではなく防災ですがたとえば下のようなこと。

 

冬山での遭難


うちの近くに山があり、家族や学校でもよく登ります。冬には雪が積もります。その山で小学生が迷子になるという事故が2件ありました。一人は翌日、雪の中に穴を掘ってじっとうずくまっているところを無事に助けられました。もう一人は凍死していたのです。

当時の新聞によると助かった子は「お父さんがいつも『何かあれば必ず助けに行くからじっとしているんだぞ』と言っていたから、雪の中でじっとしていた。怖かった、寂しかった。でも怖くなったら歌を歌った」とのことでした。そして、実際にお父さんは、捜索隊に加わりその子を助けにいったのだそうです。

一方、亡くなってしまった子は、「パニックを起こして歩き回って体力を消耗して凍死した模様」とのことでした。 高木善之著 『受け止める』より

 

問題なのは過干渉


本来、子供は自分で解決する力を持っています。親が保護者としてやるべきことはその力を信じて見守ってあげること、生きていく力を育んであげることです。自立が大切と言われますが自立より大切なのが生きていく力です。

自分のことは自分でやり、できないことは人を頼りながら生きていく力です。100歩譲って過保護が悪いものだとしても生きていく力は失われませんが過干渉は明らかに子どもが自分で解決する力を奪ってしまう、生きていく知恵も奪ってしまうものです。

子供がやろうとしていることを、また一人でやれることを先回りして親がやってしまうのは子供の小さな経験の積み重ねの機会を失っていることに他なりません。

子どもの頃にたくさんのことを経験し失敗もし、親に依存できた子ども(甘えてきた子ども)はその後放っておいても自立しますし、万一自立が遅くなっても誰かを頼る術を知っています、自分のことを信じられるからです。

 

以上、過保護と過干渉について延べてみました。現代は少子化など時代の背景もあるにせよ、過干渉の親がとても多いように感じています。親はもっと子どもを信じてやりたいように好きなようにさせてあげてもいいのではないでしょうか。

例えば職場で自分がやっている仕事に一々口を挟んでくる上司、細かいことまで指図してくる上司と自分のことを信じて好きなようにやらせてくれる、でも最後は責任を取ると言ってくれる上司、どちらがいいですか。

子どもが親の助けを必要としなくなっても手出し口出しをするのは過干渉です。一方子どもが親の助けを必要とし、親は自分のキャパオーバー(例えば経済面とか)になりながらもそれに応えてあげるのは過保護です。

できないことはできないといえばいいのに親としての見栄や体裁があるんですよね。そう考えると自分も過保護だったなーと反省もあるですが、今につながっているのでそれはそれで良かった、と自分を甘やかすことにします。

 

結論

過保護な親は子どもをダメにする!に反論、過干渉との違い

過保護は子どもを過度に守ること。子どもの助けを自分の許容範囲を超えてまでも子どものためにやってあげること。
過干渉は子どもができることも親がしてしまうこと。子どもが助けを必要としていないのにまた自分で他にやりたいことがあるのにそれを無視して親がやってしまうこと。



Speak Your Mind